STUDY TIME

娘(2014年生まれ)息子(2018年生まれ)の日々の家庭学習内容や習い事、生活面でのあれこれと時々私の自己啓発等々家族の成長を見守るブログ

学習参観へ参加し視野の狭さに落胆

娘の学習参観に行ってきました

 

娘の視野の狭さを再確認し

正直残念な気持ちで帰ってきました

 

冷静になったら

家でも視野の狭さに関しては

見て見ぬフリしたことが何度もあり

娘が残念なのか自分が残念なのか

混同してさらに落ち込みました

 

そして一日たって

まだ途上なんだと思えるまでには

気持ちが落ち着きました

 

何があったかというと

班のメンバー5人(女子3男子2)で

模造紙3枚の作品を

仕上げる準備の参観だったのですが

 

娘はただ自分のやることに

一生懸命で周りが全く見えていない状態

 

同じ模造紙を仲良しの子と2人で仕上げていて

自分たちのやっている紙は色をつけたり

良い感じに仕上がってきてキャピキャピ

もう一人の女の子は一人で1枚をやっているので

なかなか進まないでいるのだけど

 

娘は自分のやることしか見えていないので

おしりを向けていてそのことにも

気がついていない

 

全員が机に向かってやる作業では

それが正解だと思うし

自分のが終わっていないのに

人のことを気にするのはナンセンス

 

ただ今回は大きな模造紙で

班で協力して作品を作る時間なのに

娘が何も意識していないがゆえに

女の子3人が2:1になってしまっているようで

親はもう一人の子が楽しめていないのでは

苦しい気持ちになりました

 

大人から見れば

自分だけが進めばいい

自分だけが楽しければいいと思っているの?

それっていじめの芽なのでは??

と思えるような行動も

 

案の定

娘は何ひとつ気づいておらず

自分は頑張ってたでしょ♪という状態

 

一生懸命に自分のやることだけに集中している

と良い風に捉えることも出来るのかもしれません

小学2年生くらいならあるあるなのかもしれません

 

ただ親として班で作成するのなら

みんなで楽しく作ってほしいなぁと

思ってしまうのです

 

でも

これまで他のことで視野の狭さを

注意したところで

広くなっているわけではありません

 

そして今回一人でやっていたお友達のことも

嫌いだったりわざとのけ者にしたりという

意識は皆無なのです

 

学校のことを話している限り

一年生の頃には上手く仲間にいれてもらえずに

家で娘が泣いたりすることはありましたが

誰かが嫌だとか

これはいじめにつながる危険信号だな

と感じたことはこれまでなかったのですが

 

学校のしかも授業中のしかも授業参観中に

私が見るとめまいがするような状況だったので

 

学校にいたら日常的に

無意識で行われている可能性はあるな

と思いました

 

何と声をかけていいものやら悩みすぎて

娘とは未だ話し合いが出来ていません

 

学校の授業中で先生も見守る中だったので

いじめの芽だったのかも分かりません

私が考えすぎなだけで

気にしなくていいことなのかもしれません

 

ただ私が伝えたいことは

今の娘にはキャパオーバーな気もして

どう伝えたら

思いが正しく伝わるのか悩みます

 

学校という場で

いろんな気持ちになりながら学んでいき

正しく変わっていく可能性もあるし

 

そもそも学習参観は仕事の都合で

いられたのは30分

途中で抜けたので

こんなにモヤモヤするなら

正直見たくなかった・・・

いや

それは違うな

 

見て私が感じたことは

やっぱり伝えるべきなのでは

とモヤモヤ葛藤しています

 

それにしても子育ては

いいこともそうでないことも

いろんなことがあるなぁ・・・