教科書の中で一冊だけ
学校に持っていってなくて
家に残っていた道徳の教科書
日曜の朝に
娘から「道徳ってなぁに?」
と聞かれました
ちょうど私は研究職ママさんの
ブログを読んでいたので
(いつも興味深い記事の数々ありがとうございます)
新小1&新中1の生活スタート-④木は何本あるかな? - 研究職ママの子育ち日記~子どもの学び方を考える~
全く同じ国語の教科書を
ランドセルから出して
この表紙に木は何本あると思う?
と問いかけました
すると娘は6本息子は8本と返答
そしてどう考えたのかを
ひとしきり話した後で
(息子は陰に気づいたわけではなく何となく
かもしれませんが、私の誘導でこくごの
文字の下を想像する話をしました)
どっちも正解
みんないろんな考えを持っていて
そのどの意見も大切だし
目に見えることだけでなく
目に見えないものを想像してみることも
すごく大事
いろんな方向から見てみること
考えてみることが大事だけど
一人だと「6本」としか思えなかったことが
⚪︎⚪︎(息子名前)がいたことで
「8本」も正解!って今は思えるよね
100本って言う人がいても
それはないでしょ!じゃなくて
どうしてそう思ったの?ってみんなが
思えたらもっと世界が大きく広くなる気がする
と私の考えを伝え
きっとそうゆうことを考える時間だと思うよ
(あくまでも私の考えです。学校の先生や
それは違うという捉え方もあると思います)
と伝えました
その後に
信号があるといいことと悪いこと
それは誰にとっていいと思うか
誰から見たら悪いのかを話し合いました
(いいとこは安全に渡れる、車にひかれない
悪いところは急ブレーキしないといけない
急いでいる時に困る等々言っていたので
誰目線からなのかを整理しました)
学校では
きっと娘も先生も思いもよらない
視点からの意見も聞けるんだと思います
みんな違ってみんないい
みんながそう思える社会を作るには
やっぱり小学生の時の道徳の時間って
大切な気がする
と今になって思いました
学校での道徳の時間
どんなふうに授業を進められていくのか
私も楽しみになった日曜の朝でした