昨日
最近開発が楽しくなった娘が応募していた
未踏ジュニアという育成プログラムの
最終選考の結果が発表されたのですが
残念ながら娘のプロトタイプは
採択されませんでした
娘は自分の作ったもので
社会をより良くしたいと
本気で思っているようですが
そのやり方が私には分からないので
是非メンターさんについて頂いて
開発を続けて欲しいと思っていたのですが
・・・残念でした
選ばれたらいいなくらいで見ていたのに
いざ結果が出ると
自分の子が選ばれないことに
悲しい気持ちがあったというのが
私の正直な気持ち
一方娘は
選ばれなくてもまたやればいいだけ
と今回は悔しさを表現する感じではなく
たんたんと受け止めていました
(多分インタビューを受けた時から
難しいことは感じていたんだと思います)
多分小学校でこれまで
立候補制のものには9割8分名乗り出て
(欠席してない限りは手を挙げているはず)
実際に3割もなれたことはなく
直近でも応援団長になりたかったり
運動委員長になりたかったり
全部本気でチャレンジしては玉砕
・・・みたいな経験が活きているのか
今回の結果を受けて
こうやってチャレンジしてダメだと
無駄に傷ついたというか
チャレンジしなければ良かったとか
こんな気持ちになるならもうやりたくない
みたいにならないの?
と後ろ向きな質問を私がしたら
全く思わない
それじゃあ楽しくない
次またもっとよくしてやればいいだけだし
手をあげなかったら受かるチャンスもないんだよ
と当たり前のように返されました
あーーーー
言ってからすごい反省したのですが
私みたいなネガティブな考えをしていたら
チャンスの神様が逃げてしまう・・・
娘は小学校の6年間で
たくさん悔しい思いをしながら
ちゃんと学んで成長しているんだ
と実感しました
あと娘の学校でのことで嬉しかった話も・・・
娘は足が決して速くないのですが
(あまり走ってこなかった
というのもあるし多分遺伝もある・・・)
昨年の6月からかけっこ教室という
習いごとをはじめてそろそろ1年
な、なんと6年生にして初めて
リレー選手の補欠に選ばれました!!
小1の頃から
運動会前になると昼休みに集まる
リレー選手と補欠の選手に
抱いていた憧れの気持ちを
自分の努力のみで形にしました
(補欠で我が家的にも本人的にも快挙)
かけっこ教室に入って早々
小2の女の子に余裕で走り負ける娘を
何度も何度も見続けていました
その時も娘は悔しいとかは一切言わず
〇ーちゃんと走るといつもより速く走れる!
と言って必死に背中を追いかけていました
学年とか一切関係ない実力の暴力
(使い方あってる?)を目の前にして
平然と受け止める娘
多分〇ーちゃんに追いつくことは
一生ないけど
娘を見ていると
不器用だからこそ
ひたすら前向きで努力の人だなぁと感じます
世の中いろんな人がいていいし
みんな誰かの一番星なんだと思っているけど
やっぱり自分の娘
贔屓目で見て
がんばってるなぁ
輝いているなぁ
かっこいいなぁ
と思えた
最近の二つの出来事でした